プロ野球ファンになったきっかけ
中日ファンになったきっかけ
1986年のオフ、中日ファンにとって衝撃的な大型トレードがあった。
星野第1次政権時、ロッテの3冠王落合と中日の抑えの牛島・上川・平沼・桑田の1対4の交換トレードが成立した。
当時、まったくプロ野球に興味を示さなかった僕であったが、「3冠王・落合博満」の中日入りを聞いて、「どんな人だろう?」と思い、翌1987年の開幕戦・巨人-中日戦を照れながら初めてテレビで観戦した。
「落合博満だけを注目し・・・」
この試合、負けはしたものの、プロ野球とは面白いものだと実感した。そして、中日ファンになった。
ラジオがなかったので、当時小5の僕は、自分の貯金からラジカセを買った。
中日戦をテレビ・ラジオで観戦する日々がこの年から始まった。
この年にあった、星野監督の退場劇は、当時の自分にとって、超刺激的であった。
(当時この日、広島・衣笠の連続試合出場世界新記録達成の日でもあった)
この年、優勝争いしたものの、2位で終わった。翌年1988年、郭のガッツポーズで優勝を決めたことは、覚えている。
1987年以来、約20年中日ドラゴンズを応援しています。地元ですしね。プロ野球全体も大好きです。
落合は一度巨人にいってしまったときには「裏切った」と思ったことはありましたけど、いまはまったくありません。落合監督が中日ドラゴンズの監督になったことは、中日ファンにとって、恩返しだと思いますし、毎年優勝争いできるのも落合監督あってこそだと思います。
これからも「落合ドラゴンズ」を応援します。
仰木彬さんの影響でパ・リーグ(特に関西のチーム)も好きです。
1988年、中日がセ・リーグ優勝を決めたあと、日本シリーズで対戦するチームは西武なのか、近鉄になるのか注目していました。
10・19
あの日です。1988年、川崎球場での近鉄-ロッテ戦で、近鉄がダブルヘッダーで連勝すると、近鉄がパ・リーグ優勝決める試合でした。
第1試合は、近鉄が勝ち、第2試合・・・当時、名古屋テレビで好きなドラマがやっていたので、チャンネルを11に変えたら、ロッテ-近鉄戦がやっていました。
この試合の重要性を中日スポーツを読んでいたので、食い入るように見ていました。
ちなみに、僕の父は「西鉄ライオンズ」のファンで、仰木さんも西鉄の元選手ということで、親子で見ていました。
ブライアント(←元中日。なんでこんないい選手を出したんだ@父)のホームランで近鉄のリーグ優勝が決まったと思いました。
ロッテ・高沢のホームラン・・・あぁー
同点になってしまい、中継は終了(←その後のニュースステーションで中継があったことが知らず、近鉄が引き分け、西武が優勝を決めたことを知ったのは、翌日です)
翌1989年のパ・リーグペナントレース終盤、西武・近鉄・オリックスの3巴の戦いになり、このときは、前年の悔しさもあって、近鉄を応援しました。
西武が勝つと優勝が決まるところで、ブライアントが4打席連続ホームラン(ダブルヘッダー)などで連勝し、この勢いでリーグ優勝しました。
日本シリーズでも近鉄を応援しましたけど、3連勝・4連敗で巨人が日本一。
仰木バファローズは、この後、いろいろ楽しませてくれました。(野茂などで)
オリックス・ブルーウェーブで仰木監督が復帰されるときには、うれしかったです。
イチローを輩出したのは、有名です。巨人を破って日本一になったときには、泣きました。
・・・仰木彬さんがオリックス・バファローズの監督を辞められた数ヶ月後、天国へ行ってしまいました。そのときは、ショックでした。僕の大好きな仰木さん・・・。偉大でした。
いま、プロ野球は交流戦のまった中にあります。
一番のひいきである中日ドラゴンズを聴いたり見たりしつつ、他球団の試合ももちろん注目しています。自分が読んでいる中日スポーツやスポーツニッポン(大阪版)もしっかり見ています。(その影響か、中日・阪神・ちょっとオリックスには詳しいw)
中日ファンであり、1プロ野球ファン、そしてパ・リーグも愛する人間として、プロ野球を見守っていきます。
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